お侍様 小劇場

   “秋色白金” (お侍 番外編 96)
 


中国発祥の“陰陽五行”では、
秋は西、色は白、属性は金と分類されるそうで、
なので、方角を守護する霊獣は白い虎。
秋風は西の“白”から色なき風とされる一方、
金風とも描写されるらしく。
そちらは属性からというよりも、
秋の田の、稲穂の実りの織り成す、
黄金の海を渡る風だからなのかも知れぬ。



     ◇◇


ポカリと目が覚めると辺りは静寂。
時折遠くで きちい・きいきいと、
ひたきだろうか、
その静寂を鋭く引っ掻くような鳥の声が聞こえるくらいであり。
見回した寝室はカーテンを引いたままだから薄暗かったものの、
その縁からうっすらと滲み出ているやわらかな明るさが、
まだ昼間であるらしいことを仄めかす。

 “………そうか。”

よほどに深く寝入っていたか、
現状のうちの“時刻・時分”を把握するのに一拍ほどの間が空いた。
時差のある国から帰還したのが昨夜の遅くで、
とるものもとりあえずという勢いで帰宅し、
そのまま沈没したらしくて記憶も曖昧。
無様なことよとの自嘲に口許が歪んだが、
とりあえず休養は足りており、寝台の上へ身を起こすと、
さてと、扉の方へ眸をやった勘兵衛だ。



昼を回ってどのくらいだろうか。
家の中が随分と静かなのは、
きっと…家人の内の学生である次男坊が不在だからで。
もう一人の家人は、
当人しか居ない折はあまりテレビも点けず、
何かしら手仕事をこなして過ごすのが常だと知っている。
自分がいない間のことだが、
その間の彼に何かあってはことなのでと、
一応の護衛をこっそりと遠巻きにつけており。
そんな面々が、
何事もなければないで定期的に伝えてくれる報告を聞くうち、
そんな習慣も把握されていたという次第。
そちらにいるのだろ、居間の方へと足を進めれば、
かすかな気配と、やはりかすかな水音らしい響きが聞こえ。

 「?」

炊事ならばキッチンで手掛けるだろうし、
掃除の水拭きにしては逆に静か過ぎて。
思い当たらぬ気配だと、思いながらも足を進めれば。
眼前へ広がった光景があっさりと答えをもたらしたと同時、
その優しさへ、思わずのこと口許がほころんだ。

 すぐ傍らの窓を磨くようにそそぐ陽の光に縁取られ、
 白い横顔が少しほどうつむいていて。
 繊細なラインに縁取られた面差しは、
 瑞々しいばかりの美貌をたたえて柔和玲瓏。
 伏し目がちとなった目許に宿るは、
 ほのかに寂しげな憂いの陰か。
 青い双眸の潤みが、何とも言えぬ蠱惑を孕み、
 無心に何かへ集中しているからだろう、
 軽く合わさっただけの口許の、
 無防備なふくらみが可憐でならぬ。

その手元には小さめのナイフが、
時折きらめきつつ小刻みに動いて、
何か小さなものを削っているらしいのが伺えて。

 そんな彼が、ふと その手を止めて。
 うたた寝から覚めたかのよに、ハッと、
 何にか気づいて顔を上げると、

 「勘兵衛様?」

こちらを見やり、
途端になで肩をふわりと緩ませる。
言わずもがな、安堵を示すその気配が何とも愛おしく。
そのまま口許ほころばせた七郎次が訊いたのが、

 お起きだったのですね、何か召し上がられますか?
 いや…そんなにも眠っておったのか?

ええ、と。
にこり笑んで見せるお顔や態度の優しさに、
ああ、戻って来たのだなとあらためて実感する勘兵衛で。
何を無心に手掛けておったのだろかと、
彼が座していた窓際の空間までを歩み寄れば、
新聞紙を広げた上へ水を張った大きめのボウルが置かれてあり。
その中には、濃い茶色もつややかな栗が幾つも沈んでいて、

 「久蔵殿が、茨城の栗園まで運んでくださって。」
 「ほほぉ。」

一晩水につけて、一番外側の鬼皮を柔らかくし、
まずは渋皮は残して、せっせと剥いていたらしく。

 一応、栗ご飯をと思いまして。
 さようか、楽しみだの。大きく剥いてくれ。

向かい合った格好で眺めつつ、
そうと短く言うと、
白い手が止まり、ふふと小さく微笑う気配。

 如何したか。
 いえ、久蔵殿と同じことを仰せだったので。

学校へと出掛けるおり“今晩はネ”と告げたところ、
パッと目許を瞬かせ、楽しみだと何度も頷いて見せたのだそうで。
その折に一言、言い置いていったのが、

 「大きいの、と。」
 「おや。」

精悍な風貌をしたそれは男臭い壮年殿が、
子供のようなことを言うと可笑しかったか。
それとも似た者親子だなぁと思ったか。
はんなりと淡く微笑った愛しい人の手には、
きらり、秋の陽を弾く銀の環が燦めいていて。
他愛ないことへ幸せそうに微笑う七郎次であること、
そんな彼のいる、ただただ静かで暖かい陽だまりの、
その安寧さえもが胸に染み入るほど愛おしくてならぬ、
勘兵衛だったりするのである。

***

   〜Fine〜  10.10.07.


  *10月は“神無月”なので、勘兵衛の月なのだとか。
   だとしたら、勘七の日にあたるのでと、
   頑張って綴ってみましたが…あんまりラブくなくてすいません。

素材をお借りしました LOSTPIA サマヘ

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